最近の八甲田

去る6月25日に酸ヶ湯温泉から程近い笹藪でタケノコ採りの女性がクマに襲われて亡くなるという痛ましい事故が起きてしまいました。被害に遭われた方には心からのお悔やみを申し上げます。

現在は事故現場の半径3kmとそこへ通じる登山道に安全が確保されるまで入山規制がかかっており、実質北八甲田全登山道が入山できなくなっています。現場付近を中心にワナを複数設置していますが今の所成果は出ていないようです。

大正時代までに八甲田のクマは一度猟師たちに獲り尽くされて居なくなっていたとされており、僕がガイドになった30年ほど前には八甲田にはクマは居ないと教えられて来たし、実際ほとんど目撃されることも足跡などの痕跡を見ることもありませんでした。それから年々少しずつクマの目撃情報が増えてきていました。ここ数年はその頻度が飛躍的に増えており、今年もタケノコシーズン前から毎日のようにあちこちで目撃さてれいました。

事故があった酸ヶ湯温泉から傘松峠あたりの笹藪は八甲田山中でも有数のタケノコ採りの穴場で、毎日 日の出前からたくさんの車が路上駐車して各地から大勢のタケノコハンターが山に入る大人気のスポットです。

今までは目撃情報はあっても襲われたり怖い思いをしたという事例は殆ど知られていなかったのですが、今年は事故のあった現場から傘松峠までの間で立て続けにおにぎりを盗られたり襲われて怪我をしたりした人が出て注意を促されていた矢先のことでした。

クマは本来草食を中心とした雑食性でとても慎重で臆病な性格だといわれています。冬眠から覚めた春は新芽や山菜を食べ、タケノコシーズンはタケノコが主食になり、夏は山菜と蜂などの社会性昆虫、秋はブナやドングリなどの木の実を食べて栄養を蓄え、冬は冬眠をして過ごす様です。狩をするのは苦手だそうですが、死んだシカなどの肉は好んで食べるように本来は肉も好物なのだそうです。非常に学習能力が高く、いつどこでどんな食べ物が手に入るのかよく覚えていて、同じ食べ物に執着する性質もあるそうです。

クマと言ってもこのあたりにいるツキノワグマは体長は100cm前後、体重60kg前後で、150cm、100kgを超えるものは稀だそうです。自然界ではわずかな怪我が生死に直結するので本来なら臆病なクマとしては自分より大きなうるさい動物(ニンゲン)なんて近づかないに越した事はないのですが、好物のタケノコを食べに行くとどうしてもニンゲンに近づく事が多くなります。そこでニンゲンが置きっぱなしにしている美味しそうな匂いのする袋を開けてみたらタケノコなんかよりずっと美味しいおにぎりがあるではないですか。そうして人の食べ物の味を覚えてしまったクマはニンゲンへの恐怖を抑えて美味しいものを持つニンゲンへと向かっていきます。いざニンゲンと相対して見ればうるさく騒ぐばかりで襲ってくる気配はない。それではと勇気を振り絞って手を出してみたら簡単にやっつける事ができたではないですか。なんだ。ニンゲンってチョロいな。そう学習したクマが積極的にニンゲンを襲うようになるのは正に自然な事なのでしょう。今回のクマはまだニンゲンを食べるまでは至っていない様ですが、このまま対策を講じなければ遠からぬうちにそういうクマが出てきてしまうのでしょう。

そういうクマに遭わないように、そういうクマを作らないようにするにはニンゲンの側で警戒して備えなければいけません。クマは基本的には人に会いたくないし、人に会いたがっているクマも臆病なことには変わりはないので例えば大勢で鈴などを持って賑やかに歩く、見通しの悪いところに入る際は大きな声や音を出したりしてクマに警戒させる、熊よけスプレーや熊用忌避剤を持つ、人に興味をもったクマがいる辺りには不用意に近づかない、食べ物や甘い物の味を覚えさせないために匂いの強いものは持ち歩かない・置いておかない、ゴミは必ず持ち帰るなど基本的な対策を徹底することが大切でしょう。

それでもクマに出会ってしまったらよく言われているのは刺激をしないように目を見ながらゆっくり下がって距離をとることです。数人で固まってこちらを大きく見せることも非常に効果があるようです。ある程度下がればクマの方から去っていってくれる事が多いようですが、もし近づいてくるようであれば熊よけスプレーの出番です。ただこれは使うには注意が必要なので使い方は習熟しておく必要があります。クマに遭遇した場所を警察や役所に通報して情報を共有することも大切でしょう。

八甲田に限ったことではありませんが自然の中では様々な生き物たちが複雑に影響しあって生きています。ニンゲンもその中の生き物の一つに過ぎないのでその和を乱さないようにそっと謙虚に身を置かせてもらう配慮が必要ですね。野生動物とは決して仲良くはなれませんしなってもいけない相手ですが、同じ山に生きる良き隣人として節度を持って対していきたいものです。

いつ規制が解除されるか不透明な状況は続きますがガイドクラブではこれからも規制範囲外の地域でのトレッキングやブナの森、沢、十和田湖、海、川などで自然にどっぷり浸かって遊び続けます。自然の中には様々なリスクがありクマもその中の一つですが、これからもたくさんのリスクとしっかり向き合って謙虚に遊んでいきたいと思いますので皆さん変わらずに遊びに来てください!

ちゅうちゅうでした